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福岡地方裁判所 昭和52年(ワ)166号 判決

原告

竹内たづ子

ほか二名

被告

両備バス株式会社

ほか一名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは、各自、原告竹内たづ子に対し金八〇〇万円、原告竹内千鶴に対し金六〇〇万円、原告加藤まゆみに対し金四〇〇万円及び右各金員に対する昭和五一年四月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行免税宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  身分関係

死亡前の原告亡竹内巖及び原告竹内たづ子は亡竹内俊策の父母、同竹内千鶴は俊策の妻であり、同加藤まゆみは、亡竹内巖の長女である。

2  本件事故の発生

日時 昭和五一年四月一八日午後三時三五分頃

場所 岡山市柳町一丁目四番地先市道上

事故車 大型バス(岡2い二六八〇)

右運転者 被告徳永元昭

車両保有者 被告両備バス株式会社

被災者 竹内俊策(但し、同月二〇日午後五時一五分死亡)

態様 被告徳永は、事故車を運転して右道路上を西川方面から桑田方面に向けて西進中、右側歩道のガードレールをこえて車道に出て横断中の俊策に自車前部を撃突させ約五メートル先路上に転倒させたものである。

3  被告らの責任原因

(一) 被告両備バス株式会社

被告両備バスは、本件事故車を所有し被告徳永を雇用して乗合バスによる旅客運送事業を営んでいるところ、被告徳永はその業務執行として右事故車を運転していたものであるから、自賠法三条に基づく賠償責任がある。

(二) 被告徳永は、大型バスを運行する以上前方および左右を注視し、進路の安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠たり、右前方を全く注視せず漫然進行した過失により、右側歩道のガードレールをこえて車道上に出た俊策を約一七メートル前方にはじめて発見し、あわててブレーキをふんだが間に合わず、自車の前部を右俊策に撃突させて約五メートル前方に転倒させたもので、民法七〇九条に基づく賠償責任がある。

4  損害の発生

(一) 治療費 合計金三六万三八八〇円

新田病院への支払い 金六万三八八〇円

謝礼金(岡山、川崎各医大教授) 金三〇万円

(二) 逸失利益

俊策は本件事故のため、左のとおり合計金九一六九万七五三九円の得べかりし利益を喪失した。

(1) 賃金、賞与

イ 職業 会計員(山陽新聞社)

ロ 事故前一年間(昭和五〇年五月から昭和五一年四月まで)の収入 金二〇五万九二七〇円

ハ 生活費 三五パーセント

ニ 純収益 金一三三万八五二五円

ホ 就労可能年数 四二年(死亡時満二五歳)

ヘ 中間利息控除 年利複式ホフマン法による

ト ベースアツプ係数六一・三〇 毎年六パーセントのアツプ率(過去五年間の平均アツプ率は一九・四五パーセントであり、将来も最低六パーセントは見込みうる)とし、同社が五五歳停年のため、それ以降は停年時の収入の七〇パーセントを基準として係数を算出した。

チ 逸失額 金八二〇五万一六一三円

(2) 退職金

イ 基準額 九万八四二〇円(本給八万九九二〇円、資格給八五〇〇円)

ロ 支給率 三四・一九二

ハ 生活費、中間利息の控除率は右(1)に同じ

ニ ベースアツプ係数四四・二六三(停年五五歳までのアツプ率)

ホ 逸失額 九七五万三一八八円

但し、退職金一〇万八二六二円を受領したので実損額は金九六四万五九二六円となる。

(三) 俊策の損害賠償請求権の相続

亡巖、原告たづ子は俊策の父母として、同人の死亡により俊策の被告らに対する損害賠償請求権(医療費金三六万三八八〇円、逸失利益金九一六九万七五三九円の合計金の内金九二〇六万円)を各四分の一(二三〇一万円、万円未満切捨)宛相続した。

原告千鶴は俊策の妻として右の損害賠償請求権の二分の一(四六〇三万円)を相続した。

(四) 葬祭費

亡巖は、俊策の葬儀費として金七〇万円を支出した。

(五) 精神的損害(慰藉料)

(1) 亡巖及び原告たづ子は、長男で一人息子の俊策の将来に期待をかけ孫の出生を待望していたが、本件事故で突然俊策を失い、かつ加害者である被告らが全く誠意を示さないので筆舌につくし難い精神的苦痛を受けた。右両名に対する慰藉料は各金五〇〇万円が相当である。

(2) 原告千鶴は新婚一年目で夫俊策を失ない、父母同様に筆舌につくし難い精神的苦痛を受けた。原告千鶴に対する慰藉料は金五〇〇万円が相当である。

(六) 弁護士費用

亡巖原告たづ子原告千鶴は、被告らが損害賠償に応ぜず抗争したので、本訴代理人松尾弁護士に本訴の提起と追行を委任し、同弁護士に対し各自着手金二五万円を支払い、本訴勝訴判決の言渡時、謝金として各自金四〇万円を支払うことを約した。

5  本訴請求

(一) 俊策の過失

本件事故は被告徳永の前方不注視による過失により発生したものであるが、歩、車道を区別するガードレールを超えて車道上に出た俊策にも過失がある。しかして俊策の右過失は五〇パーセントが相当と認められる。

(二) 損害の填補

亡巌及び原告たづ子は自賠責任保険から各自金三七五万円を、同千鶴は右保険から金七五〇万円を受領した。

(三) 原告各自の請求額

(1) 亡巖は昭和五五年八月二日死亡し、原告たづ子が三分の一、原告まゆみが三分の二の割合で、亡巖の権利義務を承継した。

(2) 従つて、原告たづ子は、被告らに対し、亡俊策の相続により承継した金二三〇一万円、慰藉料金五〇〇万円、弁護士費用金六五万円の合計金二八六六万円の五〇パーセントである金一四三三万円の損害賠償請求権から自賠責保険金により填補された金三七五万円を控除した残金一〇五八万円と、亡巖が被告らに対し有する、亡俊策の相続により承継した金二三〇一万円、葬祭費金七〇万円、慰藉料金五〇〇万円、弁護士費用金六五万円の合計金二九三六万円の五〇パーセントである金一四六八万円の損害賠償請求権から自賠責保険金により填補された金三七五万円を控除した残金一〇九三万円の請求権の三分の一である三六四万三三三三円以上合計金一四二二万三三三三円につき請求権を有するところ、内金八〇〇万円を請求する。

(3) 原告千鶴は、被告らに対し、亡俊策の相続により承継した金四六〇三万円、慰藉料金五〇〇万円、弁護士費用金六五万円の合計金五一六八万円の五〇パーセントである金二五八四万円の損害賠償請求権から自賠責保険金により填補された金七五〇万円を控除した残金一八三四万円につき請求権を有するところ、内金六〇〇万円を請求する。

(4) 原告まゆみは、亡巖が被告らに対して有する右(2)記載の損害賠償請求権一〇九三万円の三分の二である七二八万六六六七円につき請求権を有するところ、内金四〇〇万円を請求する。

6  よつて、被告らに対し、損害賠償金として、原告たづ子は金八〇〇万円、原告千鶴は金六〇〇万円、原告まゆみは金四〇〇万円及び右各金員に対する亡俊策死亡の日の翌日である昭和五一年四月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)のうち、被告両備バスに自賠法三条に基づく賠償責任があることは争うが、その余の事実は認める。

同3(二)の事実は否認する。

4  同4(一)のうち、新田病院への支払金六万三八八〇円は認めるが、謝礼金については不知。

同4(二)は争う。

同4(四)は不知。

同4(五)は争う。

同4(六)は不知。

5  同5のうち、(二)の事実及び(三)(1)の事実は認めるが、その余は争う。

三  被告らの主張

(免責)

1 本件事故は、事故車が衝突地点の手前数メートルの地点を進行中、飲酒酩酊していた俊策が歩車道を区別するガードレールを超えて急に飛び出してきたために惹起されたもので、俊策の一方的過失によつて発生したものである。

2 事故車には構造上の欠陥及び機能上の障害は存しなかつた。

四  被告らの主張に対する答弁

被告らの主張1の事実のうち、亡俊策が飲酒していたことは認めるが、その余の事実は否認する。同2の事実は不知。

第三証拠〔略〕

理由

一  (身分関係)

成立に争いのない甲第一、第二号証、原告竹内たづ子本人尋問の結果によると、請求原因1の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  (本件事故の発生)

請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。

三  (責任原因)

成立に争いのない甲第七号証、乙第三号証の一ないし三、乙第四号証の一ないし六、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第一、第二号証、証人山崎幹雄、同宮宇地正男の各証言、原告竹内千鶴、同竹内たづ子、被告徳永元昭の各本人尋問の結果、当裁判所の検証の結果を総合すると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

1  本件道路は、岡山市内の西川筋方面から桑田町方面に通じる市道で、道路中央の幅員九メートル(右(北)側端、左(南)側端にある幅員各一・五六メートルの自転車道を含む)のアスフアルト舗装の車道部分(二車線ある)、及びその右端(北側)と左端(南側)とにある幅員各一・九三メートルの歩道部分からなり、歩道と車道の間は高さ五九センチメートル(二段の横棒が置かれ、一段目までの高さは三二センチメートル)のガードレールで区切られ、歩行者の車道横断は禁止されている直線道路である。本件道路は、事故当日午前七時から午後一〇時までの間は一方通行となつており、指定最高速度は時速四〇キロメートルである。

2  本件事故現場付近は市街地であり、歩道の直ぐ北側には下石井公園がある。なお、本件事故現場の西方約四五メートルの地点、東方約五二・五メートルの地点には、いずれも信号機の設置されている横断歩道がある。

3  事故当日は日曜日のため車両の交通量、人の通行量は少なく、晴天であつて見通しは良好であつた。

4  被告徳永は、被告両備バスの定期バスの運転手で、本件道路を毎日進行していたものであるが、事故当日も事故車を運転し、本件道路の右側(北側)車線部分を時速約四二キロメートルで桑田町方面に向かつて西進し、本件事故現場に差しかかつたところ、本件道路を右から左に向けて横断すべく、下石井公園内から小走りで、事故車の進路の右側(北側)ガードレールのうち、二段目の横棒がはずれ、一段目の横棒のみがあつた箇所を通つてガードレールから一・一メートルの地点まで車道内に進出してきた俊策を約一六・七メートル手前ではじめて発見し、直ちに急制動の措置に出るとともに、衝突を避けるためハンドルを左に転把したが及ばず、約一六・三メートル進行したあたりで自車の前部の行先表示板付近を俊策に衝突させた。俊策は、右衝突地点より左斜め前方に約七メートル跳ね飛ばされ、事故車は衝突後約二・一メートル進行して停止した。

5  俊策は、下石井公園内で妻千鶴といさかいを生じ、妻から離るため右横断を開始したものであるが、本件道路が一方通行の道路であることを看過したためか、横断中は自己の右側(西側)のみを注視しており、同人の左側(東側)から事故車が接近してきたことについては何ら注意を払つておらず、事故車の進行に気づいた様子はなかつた。なお、当時、俊策は酒を飲んでいた。

6  他方、事故当時、被告徳永は、本件道路の歩、車道間にガードレールが設置されていることから、車道を横断する歩行者はいないものと考え、もつぱら自車約三七ないし三八メートル前方の信号機の点滅信号に注意して事故車を運転しており、道路左右に対しては格別気を配つていなかつた。

以上認定した事実に基づき被告徳永の過失を考えるのに、本件事故現場の道路北側には下石井公園があり、同公園から幼児等が本件道路を横断しようとして、ガードレールを越えて車道上に進出する可能性のあることは予見し得たところであるから、自動車運転者としては、ガードレールが設置してあることに安心することなく、絶えず進路の右前方に対する注視を怠らず、自車の進行してくるのに気づかずに進路前方を横断しようとする歩行者の行動をいちはやく発見することに努め、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるというべきである。してみると、被告徳永は、前方の信号機の点滅信号に気をとられ、進路右前方に対する注意を怠つたのであるから、この点に同被告の過失があるといわざるを得ない。

以上のとおり、被告徳永の過失が認められるのであるから、被告らの免責の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

従つて、被告両備バスは加害車の運行供用者として、また被告徳永は不法行為者として、いずれも本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

四  (過失相殺)

右三で認定した事実によれば、俊策は、横断の禁止されている箇所を、左(東)方の安全を十分確認することなく不用意に横断しようとしたもので、同人の過失も極めて大きいといわざるを得ず、その他本件事故現場の状況、被告徳永の走行状態、俊策の年齢等の諸事情に鑑みると、双方の過失割合は、俊策において九、被告徳永において一と認めるのが相当である。

五  (損害)

そこで、原告らの蒙つた損害について検討すべき筋合であるが、原告らは、弁護士費用を除いた損害賠償債権として亡巖につき金二八七一万円、原告たづ子につき金二八〇一万円、原告千鶴につき金五一〇三万円存する旨主張するところ、右損害額については亡俊策の逸失利益につき将来のベースアツプ分を含めているなどその全部が損害として被告らに賠償を求め得るかについては問題があるが、かりにこれがすべて認められるとしても、前記四で認定した過失割合に従つて過失相殺すると、その損害額は亡巖につき金二八七万一〇〇〇円、原告たづ子につき金二八〇万一〇〇〇円、原告千鶴につき金五一〇万三〇〇〇円となるところ、亡巖及び原告たづ子が自賠責保険金から各自金三七五万円を、同千鶴は同じく金七五〇万円を受領したことは当事者間に争いがないから、弁護士費用を除く損害はすべて填補されていることになる。

そして、亡巖、原告たづ子、同千鶴の有する損害賠償債権(弁護士費用を除く)が原告たづ子、同千鶴、亡巖が受領した自賠責保険金によつてすべて填補されている以上、弁護士費用について被告らに賠償を求め得ないことは勿論であるから、原告らの損害について仔細に検討を加えるまでもなく、原告らの請求は理由がないというほかない。

六  (結論)

よつて、原告らの本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山口幸雄)

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